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ピエロのいる町

 僕が子どものころ住んでいた町には、おかしなイベントがあった
 いま僕がおかしいといえるのは、あの町をとっくに離れてしまっているからだろう。
 それは、町のどこかにランダムで、ピエロが泊まりにくるというものだった。
 ピエロは夜中の七時過ぎにやってきて、ご飯を食べ、そして布団を借りて眠る。
 それ以外のことをピエロはしなかった。
 喋ることはもちろん必要最低限の身動きでさえ、制限しているような雰囲気があった。
 ピエロが泊まりにくることを『当たり』だという言い方があって、それに準ずるなら僕はピエロに十回以上当たっていた。
 これは多いほうで、全く当たらない家もあるらしい。
 どうしてそんなに当たったのかはわからない。
 でも、僕が思うに、ピエロの目的は母さんだったと思う。
 母さんは近所の人たちにお化けと呼ばれていた。
 その理由に斜視というのがある。普通の斜視はそれでも精々二十度程度の傾きだけど、母さんは五十度近くも目が傾いていた。
 僕は生まれて落ちてからずっと接しているから違和感を覚えたことはないけど、普通の人にとってはかなり奇怪に感じられるらしい。
 不快で、嫌で、汚らわしい。
 父さんは僕がお腹にいることをわかった次の日に、住んでいたアパートを引き払ってまで母さんから逃げた。
 母さんがドアを開けて見た光景は、陽向が投げられた広い畳四枚だけだったという。
 お金がなかった。
 それでも母さんは僕を産んだ。
 ピエロは一年の間隔でやってきた。
 母さんばかりを見ていて、僕のほうは全然見なかった。
 ご飯を食べて布団で寝た。
 あるとき、夜中に目を覚ましたとき、ピエロがこっちを見ていることに気づいた。狭い家だから一緒に寝ることになるだけど、母さんをまたいだ向こう側で、ピエロは僕を見つめていた。
 僕が見ていることに気づくと、ピエロはゆっくり寝返りを打った。まるでなんでもないかのように。
 僕は別に気にしなかった。
 高校にあがったころからピエロは来なくなった。
 大人になって、中学校の同窓会があった。
 誰かが思い出したようにピエロと口にした。
「ご飯を二杯は食ってたな」
 と僕が口にすると、隣にいる禿げたやつは、
「ピエロはご飯を食べていかないよ」
 といった。
 僕の記憶ではピエロは噛みしめるようにご飯を食べていた。
 その他にもピエロには食いちがいがあった。
 みんなが違うピエロに会っているようだった。
 それとピエロはどうやら僕らの地区限定の話だったという。町のなかではピエロという存在すら知らない人がいた。
 じゃあ、あれはなんだったんだろう。
 ピエロのあのどうしようもない視線を思いだす。
 僕にはわからない。わからないということにしてある。